原作:ヘレーン・ハンフ
脚色:吉岩正晴
演出:河田園子
上演期間:2016/08/17〜2016/08/21
会場:Pit昴
ニューヨーク在住の作家ヘレーン・ハンフは、新聞広告でたまたま発見したロンドンの古書店「マークス古書店」にニューヨークでは見つからなかった稀覯本の注文を出してみた。すると数日後、保存状態のよい目当ての本が丁寧な返信と共に送られてくる。喜んだへレーンは早速古書店の店主宛に礼状を書いた。そこから、ヘレーンとマークス古書店の店主フランク・ドエルの20年以上にわたる文通が始まった。
劇団昴Page公演「チャリング・クロス街84番地」をみた感想。
Contents
キャスト
ヘレーン・ハンフ:望木祐子
フランク・ドエル:宮本充
メガン・ウェルズ:林佳代子
セシリー・ファー:佐藤しのぶ
ジョーン・トッド:落合るみ
ウィリアム・ハンフリーズ:桑原良太
マクシーン・スチュアート:一柳みる
舞台装置について
舞台は二手に分かれて上手側がマークス古書店、下手側がヘレーンの部屋。
上手側の手前に客席を向いたフランクの事務机。そのすぐ横、上手袖ギリギリに顧客名簿や目録などが入った古いガラス戸の棚。上手奥には舞台袖への道。舞台中央奥には上手向きに置かれた秘書のメガンの机。舞台奥の壁にはいっぱいの書棚と、下手上部に向かって伸びる古書店の階段(外に続いている)
下手手前のヘレーンの部屋にはタイプライターや手紙入れ、筆記用具や酒瓶が乱雑に乗った小さな机と椅子。フランクの事務机同様、客席を向いている。下手袖ギリギリに小さな本棚(無印で売っているようなパイン材の安っぽいもの)その隣客席側には捨てる本を入れる為の箱。下手奥に舞台袖へ履ける為の入口。
ざっくりした所感
ヘレーンは舞台中ずっと机の前で手紙を書いたり読んだりしている。時折届いた本を片手に机の周りをぐるりと回ったりしているが、ほとんど板付。
古書店サイド。フランクは自分の事務机で読む事が多いが、本を探しに行く動作が多いので、舞台奥に行ったり、袖に引っ込んだりと割と動いている。メガンは基本的に秘書机から動かない。劇の後半は動く事も増えるが、舞台を降りるまで定位置キープ。この舞台、セシリーが一番動いてるかも。手紙を読むときは舞台中央。定位置がないので、上手袖と中央を頻繁に行ったり来たりしている。ビルは舞台前半は雑用といった感じで基本的に荷物を持ってくる係。後半はメガンの居た机で作業をしている。
マクシーンとジョーンはワンシーンのみ。マクシーンが階段からゆっくり降りてきながらぐるりと店を廻るシーンは手紙の内容も相まって優雅で好き。ジョーンはこの作品の決定的な転換を告げる手紙を、淡々と事務的に語る。この呆気なさがこの作品の肝だと思う。原作もかなり淡白な、というより事実以上の描写はない。それが読み手に感情を想像させる効果的な余白のように思えた。
ヘレーンは申し訳ないがお世辞にも静止整頓が得意とは言い難いざっくばらんな性格。服も洗濯物からそのまま何も考えずに引っ張りだしてきたまま着ているような雰囲気。対してフランクは折り目正しい几帳面な人物。整頓された無駄なものがない机の上、かっちりとした三つボタンスーツ、筆使いや書類の扱い方からも神経質さが滲む。舞台の上手と下手で対照的に配置された机の上が、二人の異なる性質を物語っている。
そんな相入れなさそうな二人が、店の人や友人を巻き込みながら書籍と手紙を通して、常連と一店員という間柄から、お互いに唯一無二と言える程の友人に変化していく。その流れがとても穏やかで観ていて心地よかった。
時間を経てもあまり姿が変わらないヘレーン。対照的にフランクは確実に老いを表現していたのが印象的だった。劇も後半にいくにつれ、人通りが減っていく。フランクの老いが、そのまま古書店の終焉と重なってそのままラストシーンへと流れていく。今回2度観劇する事が出来たのだけれど、2度目は終盤の日暮れを思わせる照明や、どこか遠くを見つめながらヘレーンの手紙を聴いているフランクの姿がやたら記憶に残った。
舞台版と原作と、ラストシーンは全く正反対なのだけれど、ヘレーンにとってはどちらも同じ事で、アメリカの彼女の部屋もイギリスの古書店もどちらも彼女にとっては同じ空間だったのではないだろうか、と思う。
この作品には、ドキドキもハラハラも派手な活劇や心躍る冒険も甘いラブロマンスも存在しない。退屈に思われる人も居るだろうけど、それでも惹きつけられるのは、全ての登場人物が好意と敬意を持って描かれているからだと思う。暖かい空気が、あの小さな劇場に詰まっていた。
舞台は映像に残さなければ、自分の中にしか残らない。嫌な記憶はより嫌な記憶として残るが、良い記憶はより良い記憶として残り続ける。つまり自分にとってこの舞台はずっと素敵なものとして残っていくんだろう。
2002年の映画版はAmazon Prime Videoで配信中。
原作翻訳本も販売中。
チャーリング・クロス街84番地 [DVD] 主演はアン・バンクロフトとアンソニー・ホプキンズ。 監督は『ジャックナイフ』の デヴィッド・ジョーンズ。 |
チャリング・クロス街84番地-増補版 (中公文庫, ハ6-2) 著者:ヘレーン・ハンフ 翻訳:江藤淳 |
↓↓他の劇団昴作品の感想はこちら。↓↓