評決

劇団昴「評決」に関する独り言〜舞台について〜

評決 The Verdict

原作:バリー・リード
脚色:マーガレット・メイ・ホブス
演出:原田一樹
上演期間:2022/08/31〜2022/09/04
初演:2018年

劇場があうるすぽっとから俳優座劇場に変わった。立ち位置がだいぶ変わったように記憶している。キャストも一部変更。そのため、キャラクターの印象がガラッと変わっている。演出もいくつか変わっているように感じた。キャストをベテランで揃えていることもあり、最初から最後まで中弛みすることなく見ることができた。
今回は、特に印象に残ったシーンやキャラクターについて記載する。

冒頭の手術シーン

初演の時から思ってたんだけど、患者が急変してからの態度、全員慌てすぎじゃないか?新人医師や新人看護師なら分からなくもないけど、タウラーほど麻酔科の権威であれば、患者の急変は日常茶飯事では?全員が大声出したら適切な指示が出せないんじゃないかと思うんだけど、実際の現場はどうなんだろう。

ところで、自分が一時期、大学病院の事務をしていた時は割と頻繁にコードブルーのアナウンスが流れていた。めちゃくちゃ淡々としてて驚いた記憶がある。

フランク・ギャルビン

酔っても絵になる人。

公判のシーンでは一瞬も気を抜かず、尋問されている証人を見つめる姿が印象的だった。冒頭陳述と最終弁論の演説は流石。澱みなく完璧に役になじんでたと思う。

ドナへの言い寄り方が、初演より激しくなってる気がした。ダンディというより、ちょっとティーンエイジャーっぽかった。酔って抱きつくとか学生がやりそう。

ギャルビンがその場に残ったままで舞台装置が入れ替わるシーンが何度もあった。この物語がギャルビンを中心に回っているように見せることで、初めてこの作品を見た人でも誰が主役なのかが分かりやすい作りになってた。

ドナを殴るシーン、初演は上手からだったけど、今回は奥からになってた。横だと殴ってないのが丸わかりだったから、奥からに変えてよかったと思う。殴るのはよくないけど。

ギャルビンの事務所、本が少ない気がする。弁護士事務所ってもっと法律関係の書籍や過去の判例集とか、膨大な数の本があるイメージだった。まして今みたいにインターネットがない時代だと、調べ物に時間がかかるだろうに。別の部屋に置いてあるのか、それとも調べ物は全て図書館で調べているのか。個人事務所だとあんなものなんだろうか。

感情的になりやすいところや、最後はビシッと締めるところがなんか「アリーマイラブ」のアリー・マクビールを髣髴とさせる。アリーを男性にしたら多分こんな感じだろうな。

モウ・カッツ

モウ・カッツが可愛すぎ問題。

貫禄がありつつ緩い、でも頼もしい師匠像って金子さんじゃないと出せないと思う。2回「評決」を見たが、どちらも1番笑いが起こってたのは、モウの「医者にタバコの本数聞かれた話」だった。あの間合いと言い方は、オチが分かっていても笑える。

喋ってる時はもちろん、話を聞いてる時のリアクションが面白い。ギャルビンが示談金を蹴った時の顔がよかった。

ギャルビンとの過去は舞台上で詳しく語られることはないが、ギャルビンとモウの間に流れている空気でお互い信頼し合っていることが感じられる。再演が決まった時、ギャルビンとモウのキャストが固定だったことが特に嬉しかった。

ギャルビンが示談金を蹴った後、モウが積み上げられた書類を椅子の上に置いて立ち去ろうとした時、ギャルビンの「モウ!」って引き留める言い方が個人的に大変良かった。夫に向かって「ちょっとあなた!」っていう奥さんみたいな感じ。親しい間柄じゃないとああいう呼びかけ方は難しい。

マクデッド夫人

孫を奪われるわ、娘を植物人間にされるわ、示談金を勝手に蹴られるわで本当に気の毒な人。裁判勝てて本当に良かった。娘が元に戻ることはないけど、ひとつの結審が出たことで区切りができたと思う。

石井ゆきさん演じるマクデッド夫人の悲しみの中に湧き上がる怒りが印象的だった。

ペギー

頭から爪先までの全体的なフォルムと、誇張された台詞の言い回しが実に二次元的でかわいかった。アメコミにいるわこういうキャラクター。

彼女が登場すると、コミカライズされた映像が頭に浮かぶ不思議。ギャルビンの抜きのカットで、文句を言ってるペギーのフキダシがギュウギュウに詰められてる感じ。自分に画力があれば彼女のシーンだけでも漫画にしたかった。

ユージーン・ミーハン

初演の牛山茂さんから平林弘太朗さんに変更。牛山さんがマスター一筋うん十年といった雰囲気だったのに対して、平林さんのマスターは業績の良かった営業マンか証券マンが脱サラしてマスターをしているといった感じがした。知る人ぞ知る穴場のバー。良い酒を原価ギリギリの値段で提供して、なおかつご飯も美味しい、みたいな。面倒見良さそう。

ドナ・セントローレント

今回のドナはどちらかというと自分の意志があまりなく、自分を偽りながらコンキャノンの言いなりになっている感がしてもったいなかった。

林佳代子さんが非常に魅力的だっただけに、もっと野心的で蠱惑的なキャラクターだったら、ギャルビンの『罠に嵌った感』が一層際立ったと思う。いっそ早い段階で観客にドナの正体をバラした方が、物語がスムーズだったと思う。

正体がバレてからの、追い縋るような行動もちょっとモヤっとした。

エドガー・コンキャノン

初演の山口嘉三さんから金尾哲夫さんに変更。個人的に、山口さんの方が原作のコンキャノンのイメージに近い。百戦錬磨の大佐といった、極めて厳格かつ勝利にこだわるタイプ。対して金尾さんは、味方の指揮を上手く高めつつ、正攻法から邪道なことまで幅広い手段を用いながら勝ちにいくタイプに感じた。どちらにせよ、手強いイメージなのには変わりない。

公判のリハーサル、タウラー医師の答弁に対して満足そうに「上出来です」と拍手で褒める姿は、まさに全てを掌握したラスボスといった感じで思わず笑った。強すぎる。

コンキャノンの最終弁論がなかったけど、あれがあったらもっとコンキャノンの存在感と有能さが際立ったと思う。

でもまぁ、金尾さんの威厳ある美声で演説されたらみんな病院側に心が持っていかれるか。

ブロフィー司教

初演の金尾哲夫さんから北川勝博さんに変更。威厳と親しみやすさを兼ね備えた司教といった感じ。温厚で寛大な雰囲気を保ちつつ、一度決めたことは厳粛に行う厳しさもある。特に後半の台詞「上訴しない」は、異論を挟ませないという威圧感を感じた。この作品の登場人物全てのヒエラルキーのトップに君臨するにふさわしい風格があったと思う。

タウラー医師

最初の模擬公判での太々しさや傲慢さは、まさに絵に描いたようなエリート街道を歩んできた男性といった感じ。それが一転、好感度を上げるためのメソッドを盛り込まれた証人モードになるのが笑えた。それでも胡散臭さは拭えなかったし、自分の席に戻った時は元に戻ってたけど。

ナタリーが証言台に立つシーンで、クラウリー医師と2人で動揺を見せてたシーンはなかなか見ものだった。

トンプソン医師

頼りになりそうな…なりなさそうな絶妙な雰囲気がトンプソン医師のイメージにピッタリだった。法廷ではあまり戦力にはならなかったけど、指摘している点は的を得ていて、医師としての能力はしっかりしているのが分かる。

「人を見限ってはいけませんよ」という言葉に強い説得力を感じた。深い言葉だ。

スウィーニー判事

関さんの絵に描いたような腰巾着がピッタリだっただけに、今回のキャスト変更は意外だった。牛山さんに変わったことで、手強さと憎らしさがアップした。

ギャルビンとの言い合いを見てたら映画「バードマン」が思い浮かんだ。取っ組み合いのキャットファイトが始まるかとちょっと期待してしまった。

今回は証拠を受理するかなと思ってたけど、やっぱりダメだったか。一瞬コンキャノンの意思に反した判断をしたから期待したんだけど。

メアリー・ルーニー

部署を移動したり、病院を移動したり、彼女も裁判で人生が変わってしまった被害者なんだと、モウとの会話を見ながら感じた。裁判がなければ変わらなかったかもしれないけど、ナタリーの話を聞いたら何もなかったことにはできないんじゃないかなと思うと、やはり気の毒な人だと思う。

ナタリー・ストンパナット

物語の核。彼女の証言に説得力が無ければ全てが台無しになる。毎回彼女の証言になると、涙腺が緩んだ。

本来であれば、コンキャノンはナタリーにコピーを取った理由を聞くべきじゃなかったんだけど、よほど動揺してたんだろうなぁと思いながら見てた。あのシーンの張り詰めた空気は何度見ても変わらない。

しかし、ナタリーはいつメアリー・ルーニーに改竄の話をしたんだろうか。どこかで言ってたかな。少なくとも1回目の模擬公判の後だと思うけど。じゃないとメアリーの行動の整合性が取れない。

公判のシーン

法廷の柱といい判事の机といい、大道具や小道具が場所の雰囲気をよく表現していた。下手前方の柱は、恐らくギャルビンの最終弁論のために後から付けたものだと思うけど、舞台用に作ったとは思えないほど格調高かった。

トンプソン医師が証人台でコンキャノンにタウラー博士の著書のタイトルを聞かれてた時、ギャルビンが焦れたような表情で、多分タイトルらしき言葉を声に出さず呟いてた。というかトンプソン医師が証言している間はずっと眉間に皺を寄せてた気がする。キャラクターが会話に関わっていない時でも、どういうリアクションを取っているかを見られるのは舞台の特権。

評決が告げられた直後、思わず天を仰いだギャルビンと額を押さえて項垂れるコンキャノンの対比が素晴らしく絵になっていた。

定期的に再演して欲しい作品。個人的には原作の要素をもっと取り入れて欲しい。

木野 エルゴ

自由と孤独を愛する素浪人。映画と旅行、料理その他諸々趣味が多い。俳優・声優の宮本充さんの吹き替え作品ファン。

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